LOVE LECTURE



「なぁ、シーザー。シーザーって頭いいよな?」
「・・・・・・・・・あ?」
 今日ももれなく暇を見付けて惰眠を貪っていたシーザーの元に、少年は突然やってきた。真上から覗き込むその人物が誰か、シーザーは数秒経ってようやく気付く。
「・・・ヒューゴか。何か?」
 シーザーは寝惚け眼をこすりながら、一応聞いてみる。
「だから、シーザーの頭脳をちょっと貸して欲しくってさ」
 ヒューゴの顔は真剣だ。シーザーはやれやれと思いながら、軍師という立場上相談に乗らないわけにもいかないので、しぶしぶ起き上がった。
「・・・・・・で、何?」
 ヒューゴに向き合うように座ると、ダルそうなのを一応隠しながらシーザーは先を促した。
 しかし、ヒューゴの口から出てきたのはシーザーが予想していた、ヒューゴの軍主としての悩み、などではなかったのだ。
 ヒューゴは身を乗り出して、内緒話をするようにシーザーの耳元でボソッと言った。
「・・・・・・あのさ、背ってどうやったら伸びるんだ?」
「・・・・・・・・・はぁ?」
 シーザーは寝惚けてて聞き間違えてしまったのかと思った。しばらくそのまま呆けていると、ヒューゴは嫌そうにもう一度口を開く。
「だからぁ、背を伸ばすにはどうすればいいの、って聞いてるんだってば!!」
「・・・・・・・・・・・・」
 シーザーは一応出そうとしていたヤル気がみるみるしぼんでいくのを感じた。そしてそれを隠そうとしない口調で、投げやりに返す。
「・・・そういうことは、トウタ先生にでも聞いたらいいだろ」
「相談してみたけどさ、栄養がどうとか、気の長ーくなるようなのばっかりなんだもん。そうじゃなくって、オレは、すぐに大きくなれる方法が知りたいの!!」
「・・・だったら、実際に今背が高いやつに聞けばいいだろ」
「そんなの悔しいじゃん。絶対バカにされるし。だからシーザーのところに来たんだってば」
 シーザーがテキトーに言ったことにも、ヒューゴはちゃんと返答する。どうやら本当に真剣なようだ、とシーザーは悟った。しかし真剣なら尚更、どうして自分に聞きに来たのかシーザーにはわからなかった。
「でも、なんでおれに聞くわけ? 頭のよさって関係なくないか?」
「だって、シーザーもオレと一緒でチビじゃん」
「あぁ、そゆこと」
 「オレと一緒」を微妙に小声にしながら言ったヒューゴに、シーザーはまあ納得して頷いた。
「うん。って、シーザーはオレより年上でオレより背が低いのに、気にならないわけ?」
 本気で訝るヒューゴに、シーザーは首を傾げながら答える。
「・・・別に。それで損することも特にないし。そりゃ体格で嘗められることはあるけど、あとでいくらでも挽回出来る。逆に効果的な場合だって・・・」
「そうじゃなくってさ!」
 淡々と話すシーザーを、ヒューゴは勢いよくさえぎった。そして続けて、今度は少し躊躇いがちにシーザーに問う。
「シーザーはさ、・・・好きな人とか・・・いないのか?」
「あ、そっち」
 シーザーはてっきり身長のせいで一人前の男と認められないことを歯痒く思っているのだと思っていた。しかしヒューゴの悩みは、同じといえば同じだが、やはり認められたい相手が違うし、その意味も違ってくる。
 とはいえそれでも、シーザーには自分の身長をそんなに気にする気持ちがわらからなかった。
「でもさ、身長で相手に追い付いたからといって、それでどうなるわけ? そもそも釣り合うかどうかは背の高さなんかで決まらないだろ?」
「そ・・・そうだけど・・・」
 ヒューゴはウッと言葉を詰まらせて視線を下げた。外見に捕われて中身を磨くことを疎かにしている、と暗に指摘されたようなものだから。
 だが、次に為されたシーザーの提言は、「中身を磨く」なんてこととは程遠いことだった。
「いいか、教えてやるよ。背なんて、伸びるやつは放っといても伸びる。だから無駄なことは考えないで、現状を利用すればいいんだ」
 シーザーは心なしか身を乗り出し、ヒューゴはその思いも寄らない言葉に顔を上げた。
「現状?」
「背が低く、どっちかいうとかわいいと言われる容姿」
「・・・どうやって?」
 いつのまにか二人は、真剣な顔を付き合わせていた。今もし誰かが見掛けたなら、きっと重要な作戦会議でもしているのかと勘違いしただろう。
「まずは、相手の警戒心を解いて、その懐に潜り込むんだ」
「ふんふん」
「大切なのは、見上げるときの表情。上目遣いで、可能なら少し瞳を潤ませる。こんなふうに」
 シーザーが斜め上を見て表情を作れば、ヒューゴもそれに習う。
「・・・こう?」
「ん、そんなかんじ」
 今もしこの二人を誰かが見掛けたなら、きっと戦争の重圧からどこかがやられてしまったのだろうと哀れむ視線を向けたことだろう。
 しかし二人はそんな自分たちの状況を変と思わないほど熱中していった。ヒューゴはともかく、どうやらシーザーにもこの話題に思うところがあるようだ。
「無邪気に、そうだな、弟のような存在を目指すんだ。そうすりゃ自然に抱き付けるようになるし、しまいにゃ同じベッドに潜り込んでも何も言われなくなる」
 語るシーザーの顔は、どこか懐かしむふうであった。実は、これらのことは、昔シーザーが実際にしたことがあることなのだ。ただし、まだ十に満たない頃の話だが。
「えぇ、それじゃホントに弟じゃん」
「まぁ、待てって。ここまでは準備段階だ。こっから先がまだあるんだよ。この先は、また今度な」
「そうかー」
 ヒューゴは、それからしばらくシーザーの言ったことを反芻し確認するように何度か頷く。
 そして、ふと気になったのか、ヒューゴは片眉を上げてシーザーに問い掛けた。
「・・・で、尤もらしく言ってるけど、シーザーはこのやり方で成功したことあるのか?」
「・・・・・・・・・」
 ヒューゴが素朴な疑問を口にすると、シーザーはめずらしく両眉を上げて、黙り込んでしまう。
「ないのかよっ!?」
「仕方ねぇだろっ! なんとかしようにも、あいつが勝手に遠くに行きやがったんだから!!!」
 ヒューゴが思わず叫ぶように言うと、シーザーがそれに負けない調子で返してきた。今まで聞いたことがほとんどなかった、シーザーの感情を剥き出しにした怒鳴り声に近い声に、ヒューゴはビックリしてしまう。
「・・・そ、そう・・・・・・」
 どう返していいかわからなくて、ヒューゴは数センチ後退りしてシーザーの様子を見守った。シーザーは感情を押さえ込むように目を閉じて、それからまたゆっくりと目を開ける。
「・・・悪ぃ、つい」
「あ、ううん」
 シーザーはもうすっかりいつものようで、ヒューゴはホッとした。
「・・・で、そのシーザーの好きな人って誰?」
 それなのに蒸し返すとは、ヒューゴもなかなかの強者だ。
「・・・・・・どうでもいいだろ、んなこと」
 しかしシーザーはもう落ち着いたのか、ヒューゴに呆れたような表情を向けるだけだった。
「だって、シーザーが作戦を考えてまでおとそうとしたやつだろ? シーザーをやる気にさせた相手っての、興味ある」
 常にやる気が感じられないシーザーだ。さらに先程の反応が、余計にヒューゴの好奇心を刺激したのだろう。
「なぁ、誰?」
「・・・おれのことはいいだろ」
 シーザーとの距離を元に戻して聞き出そうとするヒューゴを、シーザーは面倒そうに見遣った。そしてお決まりの、手を打ち合わせる仕草をする。
「さ、話は終わり。おれは寝る。おまえはさっさと試してくれば」
 そして言うなりシーザーはごろんと寝転び、ヒューゴに向けてひらひら手を振る。その次の瞬間にはもう寝息が聞こえてきて、ヒューゴは仕方ないので立ち上がろうとした。
「・・・むにゃむにゃ」
 そのとき、ふとシーザーの寝言がヒューゴの耳を掠める。ヒューゴは思わずもう一度屈んで、そっと耳を寄せてみた。
「・・・・・・んー・・・兄・・・貴ぃー・・・」
 予想外の言葉に、ヒューゴはガクッとした。
「・・・なんだ、好きな人の名前でも呟くかと思ったのに」
 ヒューゴは今度こそ立ち上がりながら、キッドに依頼でもして調査して貰おうかなどと半分本気で考えた。
 しかしヒューゴは、気分を入れ替える為かプルプルと首を振る。
「ま、そんなこといっか。さて、さっそく試してこよっ」
 そして大きく伸びをして、ヒューゴは軽やかに駆け出した。




END

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どうやらシーザーは見事ベッドに潜り込めていたらしい。
・・・アルベルト、まさかほんとに上目遣いにコロッと参ってたらどうしよう・・・
(どうしようって・・・)
ていうかこんな相談しかしてこない英雄に仕えてていいのかなシーザー・・・